醜い心それは、洋子魔間に合った。

節子よ、健やかか?あれほど節子を苦しめた私の病、統合失調症、醜い心、やまざき名野天、その経営者にあった。「外出しろ排泄を、トイレは貸せぬ」ままは、私に言う。中の署の景観に、私がそのようなことを言うはずがない。騙した。ままの醜い心、それは、今まで見てきたひとひとの中では、節子の書いた「始まりの刻」「るつぼ」遺稿集「らせん」そして「島崎藤村研究」は、このやまざき中の点の洋子ままの醜い心にどう映る。節子の苦労は、醜い心を清めるだろうか?このままは、一生だめだ。節子よ命をかけた節子の心が悲しむ。洋子ままは哀れである。人間のさが、書くのもおぞましい。中野氏ょ、杉並氏ょ、醜い心にすぐ反応する。私が夕刻より、すぎなみしょ、なかのしょ、バカのごとく無反応だ。これが正義の見方期視聴の本性なのだろう。嫌気がさすよ、節子。偉い偉い偉い谷田たかを先輩勲章受賞。よろ凝るべきか?悲しむべきか?何がなんだか分からないこの世、あの世は、光で一派異なのだろう。ああ祖谷になる、「梅さとゆ」洞口の言葉、伝は、親分、館美子に期待する。土下座しておいた。哀れだなあ俺も。